ブログは使えるか?


インターネットの情報量も、とても多くなってきているという。
 数週間前、ラジオで、「今やWEB上の情報を、紙文書化すると、その文書を所蔵する図書館は、日本国土の、2.5倍の面積が必要だ。」という事を聞いた。

世の中が、バブルといわれていた頃、「日本の国土の価値は、アメリカを、2.5個ほど買える計算になる。」といっていたのが、どっか記憶の隅に残っていて、2.5というのは、魅惑的な数字なのだろうか?などと思った

いずれにせよ検索エンジンで、検索可能なWEBページの数は、飛躍的に多くなっているという。

でもそれは、「ゴミ屋敷的な発想」ともいえない?

情報が整理されたり記憶を整理したりする為の方法が、現在存在していないことは、誰でも知っている。
多くのブログは、WEBページ用のクローラに収集されているし、ブログの動的なトップページには、クロールしてきた情報なんて既にどこかに往ってしまっている。
ゴミ屋敷モデルってのがあると、その構造とおんなじなのかもしれないと思う。

、、、、、風呂敷を大きくしすぎた。テーマは、ブログは使えるかだ。


ブログは、サーバサイドスクリプトで書かれていて、苦手とする。きれいな配色や、美しいレイアウト、更には、あなたが、思いつけば、どこからでも、更新できる便利さ。あと、コミュニケーション機能が特色で、
ブログのアドバンテージを考えようというエントリーで、結局コミュニケーション機能なんじゃないの?と書いた。そのコミュニケーション機能は、それほど、評判は芳しくないのも、周知の通りだろう。

ブログは、使えるか? と問われた時に、使える。と答えられれば、言い切ったもん勝ちになる。
問題は、ブログが動向よりも、なにに使うかという事だろう。

美しいレイアウト、きれいな配色が、使えるか?

美しい、きれい。使えるのだろうか?

プリンターの拡販キーワードにもなっていそうなこの単語。私は、かなり怪しい思う。

例えば、印刷を考えよう。きれいである事はいいのか? 

実物以上に美人に見えるカメラがあり、それで、本当にきれいになってしまったら、「本人は満足。」周りの人間にとっては、「詐欺的行為」でしかない。
 きれいである事は、誇大広告であったり、現物を伴う取引であれば、現物とぜんぜん違うという事になり、トラブルになる。

 つまり、プロフェッショナルな現場から見たときに、きれいや、美しいは、必ずしも使えない。
プロフェッショナルな用途では、再現性や安定性のほうが大事な事もある。

( ただ、ホームページを、ホームページ作成ソフトで作ろうとしても、どうしても、みんなが集まってくるようなホームページから見ると見劣りしてしまう。それから比べれば、ブログを使う事で、WEBにパブリッシュしても、みんなと同じような品質のページなので、恥ずかしくない。僕にも、WEBに参加できる機会を与えてくれた。ともいえる。
 ただ、 気づくべきなのは、美しいホームページを作り出している人たちは、ホームページ作成ソフトを使って作っているのではなくて、グラフィックの加工ソフトを使って作り出しているということ。)

コミュニケーション機能は、

ブログのコミュニケーション機能は、トラックバックとコメントがメイン。

ただ、今ではスパムという事を知らない人はいない。

私が、勉強の為に開設したブログサービスの中で、トラックバックが定期的に来るのは、
アフェリエイとでは稼げない。このページぐらいだろうか、定期的にトラックバックいただける光栄に浴す事ができたのは、なぜなのか私には、わからない。


私は、ホームページのコミュニケーションの要素をもっと活用できないかと思って、仙台入門というサイトを作った。

仙台入門では、ブラウザから、ページをブックマークすると、(タグと、urlを両方使うhatenaのブックマークのように項目が二つある)タグに見合うページがあれば、そのページにそうでなければそのタグのグループに追加して、ページを自動作成していくプログラムを使っている。
これで、仙台という場所に関連する。例えば行事だったり、イベントを、蓄積しやすくなるんじゃないかと思っていた。
 収集対象は、ブログが中心になると考えていたので、追加の機能として、ブックマークしたページのオートディスカバリを利用して、トラックバックを送信できる補助プログラムをつけた。
 自分のWEBページに掲載しましたよという事を明示する為にトラックバックを送り、何とかプログラムも、スタート地点に立った時、ふとよぎる思いがあった。

 相手から、「スパム行為。」と思われたらどうしようという事。
 結局、コメントをページごとに手打ちできるようにプログラムは変更したが、スパムかどうかは、「自分が決めるんじゃない。相手がどう思うかだけ。」躊躇する。

 また、スパムというのは、それなりに理由があるんだなとも、思った。アクセス解析を行うと、受信した人は、ページを見てどう思ったかはわからないけれど、結構高い確率で、訪問してくれる。

積極的に利用しようと思うと結構考えなくてはならない問題があるんだなと、悟る。

日常のアナログなコミュニケーションは、あほなようで、結構高度はことをやっているなと思う。

トラックバックや、コメント機能は、「雑踏の中で(WEBの事)聞く」という機能をブログに与えてくれた。でも、道端に、マイクと録音機を置いているぐらいの事かもしれない。

コミュニケーションについては、wikiのほうが断然先輩。wikipediaも手放すことは出来ない。
学ぶべきものは、たくさんありそうだが、

コミュニケーションの手段は、トラックバックとコメントが、唯一無二なわけではない。管理する為のコストもかかる。
 トラックバックやコメントが、他の通信手段を凌駕するメリットは、私には、あまり見えてこない。

ブログは簡単か?

簡単ではない。文章以外の入力には、htmlタグを入力したりスタイルを入力したり、とんでもなくいろんなことを知らないくてはいけない。
 ブログの弱点は、編集機能にあり、何とかビルダーとか、ホームページ作成ソフト等から見ると、圧倒的に、htmlタグ入力支援などの機能が貧弱。
 実際にスラスラ打てるようになる頃には、普通のホームページが目をつぶってでも出来るほど詳しくなってしまう。

で、ブログは、思ったほど使えないのか?

うまく使ったもん勝ち。
最近は、いろんなサービスを組み合わせて使ったり、(人のふんどしで相撲をとるというけど、)自分が、全てやってしまうより、利用できるものは、使い倒したほうがいいという考えもあるわけで、
どう使うかが結局かぎになる。

WEB上にドキュメントの製造プロセスを置くなんて、「道端に、ポスター貼って、マジックと絵の具おいておくようなもんだ。」という、激しい事を言う人もいるだろう。でも、そういいながら、FTPしているって、現実あります。

自分には、なにが必要で、なにが要らないか。

googlemaps以降、javascriptでpostだとかgetが簡単に出来るようになってきたし、flashだっていつの間にか、javascriptと通信するのがとても簡単。

だからもう、ちょっとしたテキストファイルに、テキスト書き込んで、flashで、表示させるのだってそんなに難しくないし、YUIやそれ以外のいろいろな、道具もあふれている。

なにを、どう選ぶか?

自分がそれらを手の届く範囲において、いつでも自由に使えるようにするための、コンテナだけ。
あっちのサービス使って、ここには、ナビゲーションを、地図を、音を、podキャストを、自由にできる為のコンテナがあればいい。

ブログサービスで、ブログを使ってそういうコンテナを作ろうとしても、ちょっと限界がみえる。

インストール型ブログをインストールして、コンテナ作ろうとしても、それだけでは無理もある。
メンテナンスが出来なければ、そんなのは作れない。他人の作ったものをメンテナンスをしたり、構造を理解したりする事は、自分で作るより難しい。

どの程度のコストを、WEBパブリッシュにかけることが出来るかによって、限界も制限も変わる。

コストの殆どは、自分自身が費やす労力の事になる。

最高の選択を示す事は出来ないけれど、もし最悪の選択というのがあるとすれば、

それは、多分、ブログを使えば、簡単に更新できるという事を、安易に考えのってしまう事だと思う。

今後何年間にもわたって、WEBページを運営しようという覚悟と決意があるなら、ドメインを用意し、サーバを借りる事を勧める。
 自宅サーバもいいけれど、24時間動かすのは、意外と大変な事で、実験用の環境にとどめたほうがいいと思う。(妻子持ちは、奥さんと喧嘩になったりする)
 コレはスタティックhtmlで作る。コレはブログで、ここは、CMS 適所適材でやっていける環境づくりをしていくのがいいし。管理がしやすい。

自分では、どんなに単純な事だと思っても、意外と人間のやろうとしていることは、深くてでかい。

そんなの無理だと思った人は、割り切りを勧める。

トラックバック等の、管理の必要なものは、やらない。Gmail等のメールでの連絡が可能なようにしておけばいい。美しく、見やすくするということは、考えないと決めよう。

書くことに集中するといいんじゃないかと思う。レイアウトや、表現手法に凝ると、横道にそれてしまう。手間もかかる。簡潔で、誰でもが、見やすい文字のサイズ配色、に気をつけるだけで、きっとあなたがどんな人か伝わる。


問題なのは、どちらにもなりきらない所にいる事なのかも知れない。



ちょっとエラソー、自分の立ち位置がわからなくなったかも。気分の悪くなってきた方がいらっしゃったら、お許しを。