器と水

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wikipedia:漆器

wikipedia:椀
椀(わん)とは飯や汁物などを入れるための食器。木製のものを木偏の椀、陶磁器製のものは石偏の碗、金属製のものには金偏の鋺の字を用いる。

習慣というのは、意外と強い力を持っていて、味噌汁椀に、飯を盛っても、飯碗に味噌汁を盛っても、違和感を生む。

パソコンを操作する場合でも、そのようなことがある。
メニューバーの表示位置が違っても、いつものショートカットが表示されていないだけでも、それなりに使いにくい。


よくある質問に、「パソコンは、どんなのを選べばいいんですか?」というのがある。


答えを出すために、「どんなことがやりたいの?」「どれぐらいパソコンを操作した経験があるの?」
提供してほしい情報は山ほどある。ただ、そのような質問に答える自覚のある人なら、自分ですでに選んでいるだろう。だから、そんなことを聞けない


パソコンの性能や信頼性に関して、口コミや、メーカなどが提供する情報にあふれているのに、選択出来ないでいる。
豊富な知識を持ち、かつ 決めきれない。


少なからず、このパターンがいる。


スキルの伴わない知識を、たくさん得ても、使えない。




パソコンの選択にしろ、どんなプログラムを使うかにしろ、同じことの出来るものが、縁日のように軒を連ねている。それらは、せいぜい数年の寿命しかない。

プラスチックと、ベークライトの基盤で作られたこの道具に、堅固、不変、などというものがない事ぐらい、外見から気づくだろう。


スキルがなくても、必要だと思えるものは、思い続けていれば、そのうち覚える


自分が、気づくことの出来ない事は、皆にとって、どんなにありふれたものでも、ないに等しい。



コンピュータでは、自分の知らないことを、手がかりなしに調べることは難しい。

人間のコミュニケーションなら、呆然とする人の姿を見ただけで、何を望んでいるか理解できる人もいる

進歩したといわれても、違和感という感受性をコンピュータが獲得するまでには、相当時間がかかるだろうと思う。



自分を悟ることが、ためになるかどうかは、別として見通しはよくなる。