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雑感

昨年から今年にかけて、インターネットでは、様々な耳年間になるような事が起きた。


wikipedia:Stop_Online_Piracy_Actとそれに対する反対運動、一方高止まりしつつあるWordPressブログユーザーを追撃しているという
TumblrPinterestの話題


著作権と引用の自由が鬩ぎあっているといってもいいのかもしれない



この事は、今に始まった事ではなく、いつでもインターネットに付きまとう問題だった。例えば、リンクされたくない自由だとか、ブックマークされたくない自由だとか、様々な議論が行われてきた。



今では、誰でもが使っているだろうと思われるWikiPediaでも、ウィキスキャナが議論を沸き起こしたりもしました。



今年の冬は、ステマなる新語?も覚えた


私自身も、インターネット上の評判を参考にしたりもしますが、
「うまい」と評判の店にいって、もし、まずかったら「二度と行かない」だろうし、私は、いつものように言い勉強になったと思うだけだろう。


 そのような経験は、次は、だまされないという気持ちを生むだけなのだ。


地鶏だと銘打って廃鶏を販売するような商売が、成功するはずはないことは誰でも知っているし、自殺行為といってもいい。
しかし、WEBだからといって、その理屈を捨ててしまう事があるとすると、そそのかすものがいるからだろう。



一方で、TwitterなどのSNSは、3.11東日本大震災の場面で、とても活躍したツールになった。食料の販売や、提供の情報が多数流された事で、その中から、何とか本物の情報を捜そうと利用する人が大勢いた。


閉店しているガソリンスタンドには、何キロも渋滞が出来ていたし、順番をめぐって殺人事件さえ起きた。

地震から多分1週間ほどたった頃、初めて家族の食料を買出しに6時過ぎに家を出た。途中のガソリンスタンドの延々と並ぶ車を脇に見ながら、ポリ缶を持った学生っぽい女性とすれ違った。


私は、彼女に思わず尋ねた。「このスタンド今日は開くの?」


いえ、ネットの情報で、このガソリンメーカーのガソリンが一番早く供給されるという情報があって、とにかく並んでみようと思って来たんです。と答えた。(このスタンドは、実際には、一般のスタンドよりも大分復旧が遅れましたが)



がんばってね、といって分かれたと思うが、そんな当てにならない情報を元に、ポリ缶もってスタンドに灯油を買いに来るなんて、いたたまれない気持ちだった。


9時開店の列に並び、前後に並んだよしみで、いろんな情報交換が行われていた。初めて会った人たちが、情報を真剣にやり取りしている。情報の信頼性を担保するものなど何もない中で、もともと知り合いでもあるかのようにやり取りが行われていた。



正しい情報がわずかなものであっても、その情報の真偽を判断しながら、なにを行うか決められる状況は、情報のない中で、闇雲な行動を起こすより、ずっと安定した判断が下せるだろうと思った。



思い出せば、あの時、情報は希望に近かった

以前パック旅行の日は、1961年イギリスで始まった。○か×か - ミショニポーというエントリを書いた

パック旅行の日という記念日にまつわるエントリーですが、起源が100年ほどずれているというものでしたが、引用を繰り返す事でこのようなことが発生してしまう事があります。

Twitterなどの発言でも、最初のツィートが間違っていたとしても、リツィートされていくとおかしなことになる事はあるかもしれません。


でも、それでも、私は、たまにTwitterを使います。

Twitterの使い方として、正しいのかどうかは解りませんが、例えば、オープンソースの開発者が、どんな発言をしているのかとか、なにに注目しているかとか、興味があるためです。


インターネット検索は、キーワードを必要としますから、自分の思っても見ないような情報を探し出す事が出来ません。TwitterなどのSNSを使う事によって、人をターゲットにして、インターネットのキーワード入力をしなくても、受動的に情報が得られるというのが、魅力です。


OGP、マイクロフォーマット、マイクロデータ、oEmbed など引用のための技術がせめぎあうような年になるのかもしれません。



それは、著作権を否定するという立場からではなく、むしろ現在のWEB検索が持っているキーワードを入力しなければ何も始まらない事を乗り越えていく情報の取得の方法として注目している



だから、WEBクローラがコンテンツをキャッシュする事を許してきたように、この新しい試みは、しばらく許容されてもいいだろうと思う。