あの、旅館には心当たりがある。

天気のよい、土曜日の朝、宮城県地方では、あやめや、ゆりなどの季節を迎えつつあって、どこに行こうかななどと話をしていると、大きな揺れがやってきた。

久々の、天気のよい週末に気をよくしていたのに、

宮城県は、宮城県沖地震から30年を向かえた防災の日(6月12日)の二日後なんだから、しゃれにもならない。

テレビを見ると、訓練の効果か、ほとんどの広報担当者が取材に対して、的確な対応をしているように見えた。

私は、仙台市や、宮城県のW3サイトの対応がどのようなものになるのかに興味を持っていた。

宮城県のw3サイトでは、1時間後、仙台市のウェブサイトでは、約2時間後に防災緊急情報のページが更新された様子。

よいとか悪いとかじゃなく、インターネットを利用した広報活動についての一端が垣間見れるのではないかと思っていたが、地震情報を丸写ししたような内容だったと思う。

しばらく、ブログや、商工会などのページを見るが、栗原市内では、当事者の更新や、商工会などのややパブリックな組織からのアナウンスもほとんど見付けることが出来なかった。

無理もない。あの地域は、おそらくFTTHなど引かれていないだろうし、電話連絡が困難な状況下で、W3の更新は、おかしな行動だ。

かろうじてまとまったわかりやすい情報にありつけたのは、栗原市の公式サイトだけだった。





私は、だいぶ昔のことだけれど、象徴的に報道されていた1階が土砂に覆われた旅館に、日帰り入浴に行ったことがある。

家族キャンプで、風呂に入っていない体を、開放するためだ。

私の記憶が、間違っていなければ、キャンプ場を下りてくると、あの旅館があり、その当時は、その向かいに売店があって、民家もあった記憶がある。

報道される旅館の周りは、すべて泥に覆われている。既にあそこの場所には、旅館だけしかなくなっていたのだろうか、

あのあたりは、夏の終わりごろだったと思うが、高原大根がうまい。今の季節なら、世界谷地というところに、みずばしょうも見ることが出来るかも。
よく釣れる 岩魚の釣堀もあったなぁ。

どうすれば、あれほど無残に道路が破壊されるのか、とても理解できないというのに、


インターネットって、文明の利器を使っても、なんだか何もわからない。